読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ジャーナリズム×人材育成

「良い記事が書ける能力とは」。記者の人材開発について研究しています。

記者がインタビュー中、頭の中で考えていること

f:id:kaz-journal:20160207235331j:plain

 この前、大学院の同級生と雑談をしていて、インタビューの話になりました。彼は先日、インタビューをしたらしいのですが、取材経験がなくてあまりうまくいかず、どうやって話を聞けばよかったのか、少し悩んでいるようでした。参考になるかなと思い、雑談がてら自分がインタビューしている時に意識していることを話しました。

これまでインタビューをするときに意識していることを言語化することはなかったので、自分自身、すごく新鮮でした。もしかすると、記者の思考は千差万別なのかもしれませんが、ここでは個人的な経験に基づいて、記事を作成するためのインタビューのコツについて考えてみたいと思います。

 

◆単に聞いているだけではない◆

記者はインタビュー中、話し手の言葉を聞き、ノートにペンを走らせているのですが、それと同時に、原稿をどう組み立てるか、何をどういう順番で聞いた方がよいか、この人の話の肝はどこか、残りの時間はどれくらいかなど、常に頭をフル回転させています。そして、頭の中で、既に多かれ少なかれ原稿を書き始めています。

話し手に完全に主導権を委ねてしまうと、話の内容が偏ったり、脱線しすぎて収拾がつかなくなったりして、あとで原稿をまとめる時に「どうしたらいいんだぁああ!」と悩んでしまいがちです。ですから、ほどよいタイミングで話し手に質問を投げかけ、対話のなかで「交通整理」しながら聞くことが重要です。そうすると、場合によっては話し手自身も気づいていなかった潜在的な心意が現れることもあります。

では、「交通整理」とは、具体的にどうすることなのでしょうか。「人に焦点を当てた記事」を書くことを前提に、インタビューをうまく構成する5つのステップを示したいと思います。

 

◆インタビューの5ステップ◆

1:テーマを明確にする

話を聞く前に、テーマを明確にします。相手が隠したい事実などを聞き出すような特殊な事情を除いて、できれば事前に話し手にテーマを提示しておいた方がよいと思います。インタビューの目的、主な質問内容、想定しているアウトプットなどを伝えておくことで、話す内容をある程度準備してもらうことができます。インタビューの冒頭にも改めて趣旨を伝えると、こちらの意図をいっそう理解してもらえます。

インタビュー中は、常にそのテーマを念頭に置いておきます。話が長くなればなるほど脱線しがちで、必要以上に話がそれたら自然な流れで本筋に戻す作業が必要になるからです。ただし、脱線の中に思わぬよい話が出てくることもあるので、「話がそれたな」と感じても、無理矢理、本筋に戻そうとせず、貪欲に聞くことも重要です。ある程度柔軟な姿勢で臨むべきかと思います。

 

2:ざっと聞く

インタビューを始めたら、まずはざっと全体の流れをおおまかに把握するように努めます。時系列で始めから終わりまで聞くことが多いですが、元々特定の期間や内容に絞っているということであれば、その部分についての概要を聞きます。細かい話は後回しです。

記者はこの段階で「2段落目」を作っています。実際の新聞記事を想像してもらえればわかりやすいですが、記事の2段落目は、大体、その人がどういう人で、どういう経歴を持っていて、今どんなことをしているのかという概要が紹介されます。2段落目を頭で構築しながら、全体を把握し、この人を掘り下げるとしたら、どのポイントにニュース価値があり、面白みがあるのかを吟味しています。

 

3:面白いと思った点を深く掘り下げる

話し手の全体像を把握したら、次はどこをポイントにするのかを決め、その点についてだけ再度深く質問します。話し手に「なぜ、なぜ」と質問を繰り返し、さらに同じ質問を違う言い方で、何度か尋ねます。反復的に聞くことで、話し手が話しながら、頭が整理されてきたり、思い出したりする可能性があるので、粘り強く聞くことが重要です。

記者はこの段階で「3段落目」を作っています。3段落目は、その人を記事で表現するために落とせないポイントや重要な事実を書くことが多いです。読み応えのある記事になるかどうかは、3段落目の内容にかかっています。原稿の「あんこ」と呼ばれる部分です。「面白い」「感動した」と思えるような言葉をいかに引き出せるかが極めて重要で、記者の感性が問われます。

  

4:テーマと面白いと思った点を結び付ける

「いい話が出てきたな」、「これは重要なポイントだな」という話が聞き出せたら、もう一工夫必要になります。記事全体に違和感なく盛り込むために、あらかじめ設定しているテーマとリンクさせる作業が必要です。そのためには、言葉を補う必要があります。

例えば、あるビジネスマンが、学生時代、海外に一人旅をし、貧富の差を目の当たりにしたという話を聞いたとします。そして、そのビジネスマンが今一番大事にしていることは「顧客満足の実現」と言ったとします。そこで記者は、ビジネスマンに「学生時代に貧富の差を目の当たりにしたときに、相手の境遇や立場に立って物事を強く考えるようになったんですかね。その経験が今の仕事で生かされていることってありますか」と、質問します。「違う。ない」と言われればそれまでですが、記者は、ビジネスマンの「学生時代の経験」と「顧客満足の実現」を「相手の立場で物事を考える」という価値観でつなごうとしているわけです。

この例は稚拙なものですが、瞬時に機転を利かせて言葉を補っていけるかということも記者の力量の一つかと思います。ともすれば、話し手本人も、記者に質問されて初めて気づく心情が表出されます。これがうまくいったら、話し手の本質的な部分が見えてきて、記事の見出しが大体想像できるようになります。

 

5:象徴的なエピソードを聞き取る

記事はニュースでありながら、読み物でもあります。アメリカの研究で、ニュースを生産する仕事の最も重要な慣習の一つは「物語性」であると指摘されています(Jacobs,1996)。 日本においても、多くの記事はナラティブな構成が意識されています。ですから、エピソードを聞くということが欠かせません。

原稿を作るときに、話し手を象徴するような出来事を盛り込む、すなわち物語ることで、臨場感が生まれ、内容に動きが出てきます。そうすると、読み手を引きつけやすくなります。温度やにおいなど、できるだけ詳細に聞けた方が、面白い読み物になります。しかし、実践してみるとわかりますが、情景が目に浮かぶまで聞き取るという作業はなかなか難しいです(それについては、こちら臨場感を持ったエピソードを聞く3つのコツ!? - ジャーナリズム×人材育成)。根気よく聞きつづけるしかありません。

象徴的なエピソードは大体、人生の谷か山に多いので、「これまで一番苦労された思い出は何ですか」「一番やりがいを感じた瞬間は」などと聞いていくことから始めるとよいと思います。

 

◆相互関係で成立するインタビュー◆

インタビューを5つのステップに分けて考えてみましたが、常に順序よくやっているわけではありません。1、2は相手との関係性や事前に把握している情報量によっても変わりますし、3、4、5はインタビュー中に行ったり来たりして、何度も頭で原稿を書き直しています。

一歩引いて考えてみると、記者は話し手が言語として表出した記号を記録しているだけではなく、コンテクストを読み取りながら、ほどよい距離感で介入していることがわかります。厳密に客観性を担保すべきだとするならば、もしかするとこの方法は、記者が主観的に型に当てはめているものだと思われるかもしれません。とはいえ、事実を事実として書くことにとどめているという点においては、客観的であるとも言えます。ニュースは、客観か主観かという議論は絶えず繰り広げられています。

ニュース論の中には、ニュースは社会的構成物であると主張する学者もいます。ニュースは、客観的事実がそのまま記述されているものではなく、組織や記者や取材対象との関係で構成されているものとしています。受け手、国家、企業などが現実を構築・構成している中で、ジャーナリズムの担い手とされるマス・メディアも事件・出来事の報道・論評・解説を行うことで現実を構築・構成しています(山口,2011)。

インタビュー一つとっても、話し手の語りを記者自身が意味を付与し、相互関係のなかでニュースは成立しているという考え方もできます。こういうことを考え出すと、報道のあり方と「真実」とは何かという深い議論になってきます。うーん、話がマニアックになっていきそう・・・。

今回は、インタビューについて考えてみました。自らの思考や行動を整理してみると、私は新聞記事というアウトプットをベースとしたインタビューの方法を知らず知らずのうちに培っていたのだなと、改めて実感させられました。

 

それではお元気で。

 

 

※参考文献

Jacobs,R.N.(1996)Producing the news, producing the crisis: Narrativity, television and news work. Media, Culture, and Society 18(3), 373-397.

山口仁(2011)「社会的世界の中の「ジャーナリズム」--構築主義的アプローチからの一考察」帝京社会学 (24), 93-117.

なぜニュースは事件や事故を報じるのか!?

f:id:kaz-journal:20150410083625j:plain

 

ニュースで、毎日のように取り上げられている事件・事故。人々が営みを続けている以上、大きなものから小さなものまで、日々、事件・事故は起こっています。そして、その中でごく一部だけがニュースとして報道されています。

報道機関が、ある事象をニュースとして取り上げるべきか否かを判断すること(アカデミック用語でいう「ゲートキーピング」)については、また別の機会に触れるとして、今回はそもそも、なぜ、事件や事故をニュースで取り上げるのかについて、考えてみたいと思います。

 

■ 報道機関の事件・事故報道の取り組み

私が新人記者として、ある地方支局に着任したとき、支局の上司や先輩が、歓迎会を開いてくれました。取材を終えた夜、支局の中庭でバーベキューをしてもらいました。和やかな雰囲気のなか、「さぁ、肉が焼きあがった」と思ったら、突然、警察からプレスリリースが流れてきました。

 「殺人未遂事件の発生について」

 その瞬間、すぐさま現場に急行する記者、発生現場の近隣に電話をかけて状況をつかむ記者、原稿を作り始めるデスク……。「今年の新人は事件持ちか?」などと冗談を言われながら、急にバタバタした思い出があります。締め切りが終わった頃には、肉どころか炭火すらも消えていました。報道機関は、それくらい事件・事故には敏感になって、仕事に取り組んでいます。

事件・事故に関しては、警察からプレスリリースが24時間体制で流れてきます。プレスリリースを流す基準は、各都道府県警のスタンスによってまちまちで、万引きのような軽犯罪から、殺人などの凶悪犯罪まですべてを発表する県警もあれば、ある程度選別して流してくる県警もあります。人の死に関わる大きな事案の場合には、発生段階から発表されることもありますが、基本的には被疑者(犯人)を逮捕した段階で発表されます。

警察担当の新人記者は、ルーティーン業務として、そのプレスリリースをもとに、報道担当の警察官に取材をします。直接聞ける時は、直接担当者に会い、無理な場合は電話取材をします。事案が大きければ現場に直行です。発表は多い日では10件以上になり、この取材を千本ノックのように日々繰り返されることで、新人記者は情報を聞き出すコツのようなものをつかんでいきます。

とはいっても、やみくもに取材するだけではいけません。事件・事故には必ず被害に遭っている人がいます。取材するには、相当の配慮を要しますし、報道の意義を胸に秘めていなければいけません。 以前、遺族取材について、このブログ (http://kaz-journal.hatenablog.com/entry/2015/04/28/083918)で書いたように、報道機関は、事件に巻き込まれた被害者らが「声を上げたい」、「世の中に訴えたい」と思ったとき、発信媒体として力添えできます。

また、社会をよりよい方向へ変えるための教訓として報じたり、風化させないために節目に再発防止を訴えたりするといったことが、事件・事故報道の意義として挙げられます。

もう少し視野を広げると、権力の監視という面もあります。人の身柄を拘束できるという絶大な権力を持つ警察組織に対して、適切に手続きがとられているか、常時プレッシャーを与えながら見守る役割もあります。

 

■江戸時代から事件は報道されていた

f:id:kaz-journal:20160121033700j:plain

(引用:東京大学大学院情報学環図書室webサイト・瓦版「江戸浅草 御蔵前女仇討」 )

では、いつから事件や事故の報道は行われているのでしょうか。先日、江戸東京博物館墨田区)を訪れました。当時の街並が、そのまま再現されていたり、ジオラマで表現されていたりと、一日中楽しめる仕掛けでいっぱいでしたが、私が最も興味を持ったのが、新聞の原型である「瓦版」の展示でした。

瓦版には、大地震や大火事のほか、「敵討ち」を報じたものがありました。書いている内容をすべて読み解けたわけではありませんでしたが、「なるほどなぁ、いつの時代も事件報道をやっているのだなぁ」と、感心してしまいました。

こうした歴史的観点から、事件・事故報道を捉えてみると、先程述べたジャーナリズムの意義などで語られる大義名分とは、少し違った側面があるのではないかと考えてしまいます。 

 

 ■事件事故を知るのは人間の本能

アメリカのメディア研究で、ニュースについて面白い切り口から言及されている論文があります。シラキュース大学のShoemarker(1996)教授は「人間は、本質的に恐怖や異常なものに関心を持っている。なぜなら、争い、論争、センセーショナルなこと、にぎわすこと、目立つこと、珍しいことなど、異常事態に緊急的に直面することがあるからだ」と述べています。

そして、進化論の提唱者であるDarwin(1936)の「進化」や「適応」を引き合いに出し、恐怖や異常なものへの関心は「環境の監視」であると主張します。我々の祖先は脅威に対して注意を払い、生存し、子を産み、遺伝子を次世代に継承してきました。何世代も超えて、異常との遭遇は脳内に組み込まれていて、メディアの機能によって、その意識が現出するようになったとしています。

これらの論を正とすると、事件・事故報道をする意味は、理性的な意義付けだけでなく、人間の根源的な性質に関わっていることが考えられます。おそらく、マスメディアが存在しなかった時代は、周囲で起こる不測の事態を警戒し、そして起こってしまったことから学び、生存の可能性をできるだけ高めていたのではないでしょうか。

ローカル、または個人的なレベルで「恐怖や異常なものへの遭遇経験」から得た学びをマスメディアに載せることによって、人間の叡智として広い意味での「環境の監視」を行っているのが、今の時代なのではないかなと思います。

ワンセンテンスでいうと、事件・事故を知ろうとするのは、人間の自己保存本能の一つなのではないか。従来、報道機関は、その人間の欲求に応えてきたということではないか、とも考えられます。

事件・事故報道をそう捉えると、一つのニュースを見たときに、決して対岸の火事と思うのでもなく、一過性の消費材として扱うのでもなく、自らの生きる糧とせねばなりません。

ニュースの送り手も受け手も、ときには、「そもそも論」でこうした思考を巡らせてこそ、よりよいコンテンツが増えるのではないかなと思います。

 

それでは、お元気で。

 

※参考文献

Shoemaker, P. J., & Stephen D. Reese (2013) Mediating the Message in the 21st Century A Media Sociology Perspective. New York, NY: Routledge.

 

 

文章を書くためのマインドセット

f:id:kaz-journal:20150524014616j:plain

 

◆文章と向き合って気付いたこと◆

時々、「文章をうまく書けないんですよ~」という声を聞きます。文章を書いたことがない人はほぼいないのに、うまく書けないのはなぜでしょうか。おそらく文章そのものの書き方を習ったり、試行錯誤して書きまくったりした機会があまりなかったからだと思います。

 

私は名文家ではありませんし、もともと幼少期からよく本を読んだり、文章を書いたりしてきたわけでもありません。ですから、文章の神髄をマスターしているわけではありません。

 

しかし、大学を卒業して、新聞社に入り、上司にぼろかすに怒られながらも、夜な夜な何度も書き直し、計2500本以上の記事を世に放ってきました。そして、転職をした現在も、毎年100ページ以上のビジネス本を複数冊、編集しています。そういったなかで、「文章って何?」ということに日々向き合ってきました。

 

文章には、細かいテクニックがいろいろとあるのですが、まずは文章を書く前に心得ておくべきことがあるように思います。

 

◆文章を書くための心得5か条◆

何かの理論に基づいているわけではなく、あくまでも実践ベースの持論ですが、ヘタクソながら、文章上達の過程で感じた心得5か条を示したいと思います。

 

その1:文章は情報を削る作業であること

 文章はゼロから埋めていく作業ではありません。もともと書くための情報を大量に蓄え、それをうまく再構築する作業です。例えば、新聞記事は取材によって情報を蓄えますが、そのうち記事になるのは、内容にもよりますが、持っている情報のうち大体2~3割でしょう。

 砂金すくいのごとく、狙いを定めてざっと情報を集め、ふるいをかける。そして、珠玉の情報だけを抽出して固める。基本的に雑味はいりません。純度が高ければ高いほど、質が高くなるわけです。良い文章を書くためには、まずは質の高い情報をたくさん集めることから始めなければなりません。

 

その2:宛先と目的を明確にすること

 最近、「プレスリリースの内容を見てほしい」という依頼を受けることがありますが、私は真っ先に「誰にどういうメッセージを届けたいのか」と尋ねます。というのは、文章の宛先と目的によって、書き方が変わるからです。上司に話す時と幼稚園児に話す時は、言葉遣いも内容も異なるでしょう。文章も同様です。極端に言えばそういうことだと思います。

 何となく大勢の人に伝える文章は、それだけふわっとした文章になります。書く前にはなるべく、どういう人を対象とするのか頭で思い描いてみることが重要です。文章を書くという作業は、自分の知識をひけらかすものではなく、読み手のレベルの水準に合わせてうまく言葉を選ぶという思いやりを届ける作業です。

 

その3:謙虚であること

 独りよがりな文章は相手の心に届かないことが多いです。文章は書き手のメッセージなので、基本的には読み手に共感や発見を求めていると思います。「俺はすごいんだ」「この意味、君は当然わかるよね」というような思いがにじみ出ているような文章は、読んでいる方からするとすごくしんどくなります。あくまでも謙虚な心で書く方が、読者は受け止めやすいです。

 細かいテクニックに入るかもしれませんが、文章は若干、自分を「ヘタレ」に描く方が伝わります。例えば、「僕は、他の追随を許さず、無敗で優勝した」と書くよりも、「僕は、毎日監督に怒られながら、練習に明け暮れた。その結果、なんとか負けずに優勝できた」と書く方が相手の共感を生む。他人と仲良くなるために、自己開示するときのステップに似ていますよね。

 

その4:感動すること

 私は、実はこれが良い文章を書くために一番必要なことだと思っています。書き手が面白いと思っていない文章は、読んだ人も面白くない。どんなに体裁が整った文章であっても、著者が思いを乗せていない文章では、人の心は動きません。

 昔、よく記者同士で飲んでいた時、自分たちが書いた記事について語り合うことがありました。ジョッキを片手に、「あの記事で一番伝えたかったのは、この1行なんだよ」とか、「あの一言で記事が締まったな」などと、酒の肴に振り返ることが多かったです。

 感動したり、驚いたり、ときには怒ったり……。たとえ論理的かつ客観的な文章が求められていたとしても、書き手の感性を文章のどこかに潜めておく必要があるように思います。あくまでも冷静に。やはり、文章は書き手の何かしらのメッセージなのです。

 

その5:いつでもどこでも書くこと

 落ち着いた場所で誰にも邪魔されずにゆっくり書ける場所じゃないと、文章は書けないというのは誤解です。今もこの文章を満員電車の中で、おじさんたちに挟まれながら書いています。確かに、多くの資料を広げてじっくりと言葉を編んでいくような論文やレポートは、ある程度広いスペースが必要かもしれません。そういった環境的な事情があるにせよ、精神まで環境に頼ってはいけません。

 速報性が求められるようなニュースの記事は主にどういうところで書かれているか知っていますか。裁判所や役所の廊下、泥まみれの災害現場、移動中のタクシーの中――――。電波が届く場所ならどこでも、集中して書く。人は、気持ち次第でそれができるのです。

 

                  ◆

 今回は、文章を書くためのマインドセットについて、自分なりにまとめてみました。先生や上司に、お前偉そうに書いてるのに、できてねーじゃねーか!と怒られそうですが(笑)。すいません、頑張ります(汗)。

 今でも、日々、唯一絶対の答えがない文章と向き合い、悩み続けています。まだまだ、うまく書ける文章の種類は少ないですし、語彙力も高くありません。さらなる熟達を目指し、精進していきます。また、新しい発見があったときは、ここに記したいと思います。

 

それではお元気で。

「かわいがられる人」のコミュニケーションとは?

f:id:kaz-journal:20150907011914j:plain

◆かわいがられるためのコミュニケーション◆

世間の流行を把握したり、企画のヒントを得たりするために、定期的に本屋に立ち寄るのですが、最近ふと目に止まったのは「かわいがられる力」というタイトルの本でした。というのも、先般、大学院の先生方が、企業はどういう人材を採用すべきかについて会話されていたときに「上司や先輩にかわいがられることって大事だよね」などとおっしゃっていたのが頭に残っていたからです。

 

かわいがられる力・・・。この時代、なんでも「力」になってしまうなぁと思いながら、手にとりました。周囲の客やレジの店員に「あぁ、この人、かわいがれたいんだぁ」「この人かわいがられてないんだぁ」なんて思われているんじゃないかと、少々恥ずかしい気分になりましたが、どんなことが書かれているのか知るために読んでみました。

 

本には、相手との接触頻度をあげることや、相手の期待以上の成果をあげること、人脈を築くこと、相手を好きになることなどが書かれていました。結局、かわいがられる力という抽象的な概念を切れ味よく答えるのは難しいんだなと感じたことと、ビジネスにおいては至極当たり前のことの中にかわいがられるヒントがあるのかなと思いました。

 

また、以前、ある番組でホリエモンこと、堀江貴文氏が、相手とコミュニケーションをとる上で「Me We Now理論」というものを話していました。

 

相手と仲良くなるためには、まずは自分の話をする。「幼少期はずっと田舎暮らしで厳しい両親のもとで育ちました。社会人になってから片田舎から東京に出てきて、この仕事しています」などといった自己開示から始めるということです。そして、相手との共通点を探して、共有できる話をする。その後、今、自分のやりたいこと、訴えたいことを話すというものです。さらには、「話すとき、まずは負け顔を見せなさい」ということも述べられていました。

 

何気なく行っている会話も、こうやって言語化されると、なるほどなと思わせられました。

 

本と堀江氏の内容から、自分なりに解釈すると、人は、わからないもの、不安定なものを嫌う生き物なので、まずは相手を安心させるためにステップを踏むことが重要なのかなと感じました。

 

◆2タイプの記者の接し方◆

「かわいがられる」とは、少しニュアンスは異なるかもしれませんが、毎日、人と会い、時には言いたくないこと、保秘しなければならない情報をも相手から引き出すプロである記者は、どのように人と接しているのでしょうか。

 

個人的経験から、記者は大きく分けて2タイプいると思います。

 

・「負け顔見せまくり、人たらし、人情派記者」

・「ロジ責めばりばり、泣く子も黙る追求記者」

 

「負け顔見せまくり、人たらし、人情派記者」は、相手とすぐに仲良くなります。このタイプの記者は、“安いプライド”は持ち合わせていません。下手に出ることもできますし、相手を立てることもできます。とにかく人が好きで、何でも興味を持って、どんどん聞こうとするので、相手も悪い気はしません。いい意味で、「情報がほしい」と色気を見せないので、公私問わず、様々なステークホルダーから連絡が来ます。知り合いが多いので、貴重な情報が入ってくることも多いですし、助けてもらえる人も多そうです。

 

「ロジ責めばりばり、泣く子も黙る追求記者」は、極めて冷静です。感情に流されることなく、相手の隙をズバッと突く。相手にも厳しいですが、自分にも厳しい。周囲に恐れられていて、寄ってくる人は少ないですが、こういう人だから信頼を寄せる人もいます。しかも、信頼を寄せてくれた人の多くは、誰にでも仲良くする人ではないことが多いです。したがって、いったん仲良くなると、特ダネにつながりやすい。特にロジカル思考が好きな人と関係が深まりやすそうです。

 

どちらのタイプの方がよいというのはありません。上司には、よく「カメレオンになれ」と言われました。自らの個性や強みを理解しつつも、それに固執しすぎず、相手や場合によって使い分けられるようになることが、真のプロフェッショナルである。そんなふうに教えられました。

 

 

◆真摯かつ誠実であること◆

かわいがられる力、難しいですね。私は、比較的、かわいがられやすいというか、怒られやすいタイプでした。中高のサッカー部の部活動でも、監督は私を怒ることで、チームをしめるということがよくありました。これはかわいがられていると言えるのでしょうか・・・。

 

今回は、「かわいがられる」ことについて考えてみました。ややコラムっぽくなってしまいました。ただ、経験上、一つ言えるとするなら、相手にかわいがられるには、やはり「真摯であること」そして、「誠実であること」。これはどんな仕事であっても、必要かもしれませんね。自分がされて嫌なことは相手にしない、自分がされて嬉しいことを相手にする。多くの人が、幼少期に教わった人としての基本を、今一度振り返ってみることが大切かもしれませんね。

 

では、お元気で。

記者の“思考停止状態”は会社の影響なのか!?

f:id:kaz-journal:20150907011928j:plain

◼︎ビジネスで求められる主体性

最近、最先端の研修やビジネスパーソンとして備えるべきスキルについて、見たり、考えたり機会が増えました。若手であれ、部下を持つリーダーであれ、どんな階層にいる人々にも求められる力は、主体性を持って、相手を納得させられる発言をする力のように思います。とにかく主体的に考えを述べさせる。そして、多様な意見をうまく取りまとめて、何かを生み出す力を伸ばすことが強く求められていることを痛切に感じます。

 

ロジカル思考や課題発見力など、様々なスキルが重要視されていますが、結局はこういった思考を成果としてアウトプットするためには、主体的に発言し、対話する力がないといけないように感じています。これは、KKD(勘・経験・度胸)や「あうんの呼吸」が重要だと言われてきた従来のビジネス環境から、雇用形態、国籍、性別はもちろん、働くということに対する価値観すらも多様化し、きちんと筋道を立てて思考して、相手を納得させられる説明をしないと伝わらないビジネス環境に移行してきているなかで、当然のことのように思います。ちなみに、私はこういったトレーニングをあまり積んできたわけではないので、今、大いに苦労しています。

 

◼︎新聞社の職場風土はどうか

振り返ってみると、新聞社での組織内において、若手時代にあまりこういった力が求められる局面が少なかったように思います。若手記者に対して呼称される「テカ」(部下の意味)、「兵隊」(部下の意味)、「一番機」(一番初めに現場に行く人)、「コミマシーン」(聞き込みをひたすら行う人)など、今でも業界用語として使用されているこれらの言葉は、「習うより慣れよ」的な思想が含意されていて、ともすれば個々人の主体性を取り去ってしまう危険を孕んでいる組織風土があるという見方もできます。

 

ただ、全てを否定するというわけではありません。報道機関は、とにかく時間がありません。デイリーで正確かつできるだけ真意をついた情報コンテンツを提供せねばなりません。取材先にとっては新人もベテランもないわけで、一定のクオリティの記事を実践的に書かないといけません。じっくり新人との対話に時間をかける余裕がなく、理屈で理解するだけでは解決できない課題にあふれた厳しい世界です。

 

「君がデスクに返事できる言葉は『はい』か『すぐ調べます』しかない。『いいえ』や『わかりません』という言葉はない」。入社して間もなく赴任した地方支局で先輩に言われた言葉です。それだけ徹底しているがゆえに、おそらく他業種に比べて、入社から数年の成長スピードはかなり速いように思います。熟練した記者としての「型」、つまり基本動作を徹底的に叩き込まれるので、新人から「報道のプロ」への移行期間は、個人差はあれど、短いです。

 

 問題は、一定の「型」を学んだあとです。全員ではありませんが、主体性を持ったり対話をしたりするトレーニングをあまり積まなかったために、“思考停止状態”になり、報じる意義について塾考することすらもやめてしまうといった「型」に甘んじる社内外の記者をしばしば目にしました。

 

中には、上司と戦う気骨のある記者はいます。上司に現場の実態と乖離した記事内容に修正されていると、「それなら、勝手にやってくれ。署名も外してくれ」といい、真っ向から喧嘩をする様子も見ました。こういった人は、自分なりの報道姿勢を、経験を通じて培ってきたのではないかと思います。

 

どちらの人が多かったか。完全に主観ですが、残念ながら、前者のような気がします。徐々に変わってきているかもしれませんが、若手から議論をふっかけやすい職場環境ではなかったことは確かです。

 

◼︎組織が記者の主体性に影響を与える

デンマークの論文(Morten Skovsgaard,2014)で、組織がジャーナリストのプロ意識としての主体性や、上司との関係性にどれくらい影響を与えているかということを調査したものがあります。

 

約1000人の大規模な調査データをもとに、分析(重回帰分析)を行っています。「上司が求めているネタを提案する」「上司が求めているものにフィットする形で話をつくる」という複数の質問項目をまとめて(尺度構成)「上司へ合わせる」型などの独立変数を作成し、性別、学歴、実務経験、映像メディア、雑誌メディア、Webメディア別などによって影響度の違いがあるかを分析しています。同様に「上司衝突」型、「独立した裁量」などいった独立変数も用いています。

 

 デンマークのジャーナリストの話なので、日本にそのまま当てはめるべきものではありませんが、タブロイド紙や週刊誌は、ジャーナリストの独立した裁量度が低く、「上司に合わせる」型が多いなど、様々な結果が出ています。さらに、この分析で明らかになったことの一つとして、ジャーナリストの主体性は、性別、学歴などの個人的なバックグラウンドよりも、組織的文脈の方が重要であったことだと結論付けています。

 

すなわち、少なくともデンマークにおいては、記者の主体性は、個人のパーソナリティによるところよりも、組織から与えられる影響によって変動する割合が大きいということが示唆されています。

 

◼︎記者に主体的な思考は必要か

そもそも記者に主体性は必要なのでしょうか。昨今の報道機関を取り巻く外部環境を鑑みると、他業界と同様に、新しいものを生み出さないといけないことは間違いありません。むしろ、伝統メディアは、他業界以上にビジネスモデル、コンテンツ双方において頭を悩ましているかもしれません。

 

では、記者には主体性が全く備わっていないのでしょうか。実はそうとは言い切れないのではないかとも思います。記者は各持ち場において、行政や担当業界の現状を批判し、課題の解決策を思考し、記事を書いています。主体性が全くないとなると、そもそも記事は書けません。

 

ただし、それは現場レベルのみに適用されています。つまり、外向きに対して行っている思考プロセスにとどまっているように思います。役所なり、議会なり、常に現状を疑う姿勢を持っていますが、自組織にそのベクトルを向けることはあまりありません。ですから、記者が現場で培った主体性を自組織でも生かしていく、そしてさらに発言を促し対話を深める仕掛けづくりが、職場に必要になってくるのではと思います。

 

基本動作を培ったら、どんどん対話の数を増やしていく。もっと、新しいアイデアを形にする土壌を持つ。アイデアを吸い上げるだけでなく、意思決定権者と現場が、一緒にイノベーティブな企画を生み出していく。そんな風になったらいいなと思います。主体性のある思考習慣、そして発言して対話する力は、ビジネスモデルの再構築だけでなく、例えば調査報道など、高い品質のコンテンツを生み出すことにも資するように思います。

 

マスコミ職は、今でも採用試験の倍率が高く、人気職であることは間違いないですが、それでも優秀な人材を確保するためには、企業のブランディングが欠かせません。階層に応じて、明確な成長プロセスを示すことができれば、いっそうブランド力が高まるのではないでしょうか。

 

今回は、少し長くなりましたが、ビジネスで求められる主体性について、新聞社の観点から考えてみました。優秀な人も多いだけに、そういった人々がさらに力量を高められるよう、いっそう創発を促す職場になってほしいと願ってやみません。偉そうに言うだけでなく、自分も頑張らないといけないですね。

 

それでは、お元気で。

 

参考文献:Morten Skovsgaard(2014) ,Watchdogs on a leash? The impact of organisatinal constraints on journalists’ perceived professional autonomy and their relationship with superiors, theory Practice and Criticism, vol15,344-363.

記者は上司や先輩よりも、他社から学んでいる!?

f:id:kaz-journal:20150812000227j:plain

◆他社の記者と大半の時間を過ごす特殊事情◆

皆さんはある組織に属したとき、誰から学びを得るでしょうか。上司、先輩、社内外の研修講師でしょうか。私の記者経験からすると、もう一人、大きな存在がいたことを思い出します。それは、他社の記者です。

 

新聞社は、入社すると、基本的に同期入社の記者と短期間の研修を受け、その後、各地方支局へ1人ずつ配属されます。支局には、所属長である支局長、原稿を見てもらう上司であるデスク、そして、現場で活躍されている先輩記者らがいます。ただし、配属された最初の数週間を除いては、取材は一人で行くことになります。取材をして原稿を書くことが仕事なので、朝から会社へは行かず、直接、担当の警察署や取材現場に向かいます。そういった場所には、同じ会社の先輩はおらず、他社の同期(この言い方は業界独特の言い回しかもしれません)や先輩の記者がいます。つまり、新人時代に大半の時間を一緒に過ごすのは、他社の人々なのです。もしかすると、このような環境は他業種にはあまりないものかもしれません。

 

◆実践的な学びは他社の先輩から◆

僕が記者クラブで「昼メシの出前を頼んでくれー!」といつもお願いしていたのは、S社の後輩でしたし、公私にわたって悩みを相談していたのはK社の記者でした。毎日顔を合わせるので、気心が知れて仲良くなりますし、それぞれが見知らぬ土地に来て仕事をしていますから、互いに励まし合うようにもなります。だけど、水面下で動いているネタについては絶対に言わない。本音を語り合う開放的な場でありつつも、互いにけん制し合っている緊張感もある、独特の場であったように思います。

 

新人記者が来ると、自社でも他社でも関係なく、取材のルールのようなものを現場で教える先輩が少なからずいます。また、教えてくれなくても、そういった先輩の動きを観察し、学習していきます。

 

僕が新人時代には、どうしても裏づけを取らないといけない人物の連絡先を知らなくて困っていたら、地方紙のベテラン記者がそっと「○○さんに聞いてみな」とささやいてくれました。そのささやきから、僕は情報を取るルートは一つだけじゃないことを学びました。

 

また、殺人事件があったとき、警察署で、各社で副署長を囲んで取材をしていると、他社の先輩が「被害者宅のポストに新聞は入っていましたか?いつの新聞が入っていましたか」としきりに聞いているので、「なんで、そんなことを聞くんだろう」と疑問に思っていました。後に、「あ、そういうことか」と気付きました。その先輩は、ポストに残された新聞の日付からおおよその犯行時刻を割り出そうとしていたのです。そんな聞き方があるんだと、学びました。

 

当然ながら、どこに行く、誰に取材するといった一つひとつの大まかな行動は上司である自社のデスクに指示を仰ぎながら動いていましたが、実践的な学びは他社の記者から得たことの方が多いように思います。

 

◆職務外の行動◆

大学院の授業で「組織市民行動」(Organizational Citizenship Behavior)という言葉を学びました。組織市民行動とは、さまざまな定義付けがなされていますが、Organ(1988)は「従業員が行う任意の行動のうち、彼らにとって正式な職務の必要条件ではない行動で、それによって組織の効果的機能を促進する行動。その行動は強制的に任されたものではなく、正式な給与体系によって保証されるものでもない」と定義しています。例えば、仕事で困っている同僚を見かけたら、職務に関係なく自発的にサポートしたり、大きな事故につながる前に忠告したりするような行動のことです。

 

組織市民行動は、アメリカの産業心理学や経営科学の分野からやってきた言葉のようで、日本においては終身雇用慣行などによって、たとえ職務記述書に明文化されていないことであっても(そもそもその存在自体知らない社員も多いかも)、会社のために行動することは当たり前という風潮があるかもしれません。

 

この行動を規定する要因の研究も進んでおり、上司のリーダーシップ、職場における満足度、組織サポート、組織コミットメントなどさまざまな要因が挙げられています。また、なぜこのような行動をとるのかという研究もあり、見返り、印象管理、集団価値、集団規範といったことが言われています。

 

◆他社から学べない環境に◆

さて、記者の話に戻りますが、僕はこの言葉を知った時、真っ先に他社の先輩の顔が頭に浮かびました。しかし、他社の先輩が、そっとささやいてくれたことや、取材手法を惜しまず見せてくれたことは、組織の効果的機能を促進する行動を飛び越えています。組織市民行動ならぬ「業界市民行動」とも言えます。本来なら同業他社はライバルであるはずなのに、なぜ往々にして手を差し伸べてくれるのでしょうか。

 

ここには、パーソナリティの差こそあれ、記者が持つ職業観が少なからず関わっているような気がします。朝日人である前に、読売人である前に、記者である、というような業界全体の風潮があるのではないでしょうか。やや青臭いですが、組織の利益よりも、社会正義に応えたい、公益に資するコンテンツを提供したいという思いのほうが強いのかもしません。その思いが、自社他社問わず、新人記者を学ばさせるのではないでしょうか。

 

今、記者の人員が減っています。地方に行けば、記者クラブは閑古鳥が鳴いている。新人として地方に配属されても、他社がいない。現場でもなかなかはち合うことがない。そんな状況も珍しくなくなってきているようです。そうなってくると、暗黙に形成されてきた学びのシステムは消滅してしまいます。新たな学習環境を構築せざるを得ない事態がすでにやってきているのかもしれません。

 

「一記者に他社が与える学びの影響」のような研究テーマも面白そうです。

 

それではお元気で。

臨場感を持ったエピソードを聞く3つのコツ!?

f:id:kaz-journal:20150701014017j:plain

◆エピソードを詳しく聞くのは案外難しい◆

 皆さんは、「あの人ってどんな人?」と自分の友人について尋ねられたとき、どのように答えていますか?

 先日、ある先輩から「辻さんは、誰かのことを話すとき、その人の『エピソード』を話すよね」と言われました。「あの人ってどんな人?」と聞かれると、自分が持っているその人の印象を話すことが一般的なのかもしれませんが、私は無意識にその人がこれまでどういう経験をして、どんなことを考えていたのかを話していたようです。先輩に言われるまで全く気付きませんでしたが、これまでの人の取材をして記事を書くという一連のスパイラルの中で染み付いてしまったのか、話す上でも客観性のある事実、つまりエピソードで語ることを自然と行っていたのかもしれません。

 エピソードを聞き出すのは、案外難しいものです。新聞社の上司や先輩には、エピソードについては、くどいほどに「ディティールを聞け」と言われたことを思い出します。今でも忘れません。入社して初めてある警察署で万引きの事件の発表があったとき、取材がヘタクソで1発で詳しい情報が聞けなかったため、デスクに何度も聞き直せと言われ、14回連続で副署長に電話しました。もはや、いたずら電話です。根気よく対応してくださった副署長には頭が上がりません。

 

◆ディティールを聞くテクニック◆

 それはさておき、人からエピソードを聞き出すとき、いくつか意識していた点があります。まず、大前提として、自分がその場にいるような感覚になるよう、目に浮かぶまでつぶさに聞くことが必要です。

 

その上で、細かいテクニックとして、主に3つの点が挙げられるように思います。

 

1:「嬉しかった」「楽しかった」「悲しかった」「怒った」を行動ベースで聞く

 人間の喜怒哀楽は、できるだけ表情や行動で表してもらえるように心がけます。それを意識するだけで、話の深みがぐっと増します。

 例えば、

①ずっとほしかった物を誕生日プレゼントとしてもらった。うれしかった。

②ずっとほしかった物を誕生日プレゼントとしてもらった。顔がほころび、急いで箱を開けた。

 普通に人から話を聞いていると、「あの時、プレゼントをもらって嬉しかったな」としか返ってきません。そこですかさず、最大限、想像を膨らませて「そのとき、どんな風に箱を開けたの」などと一言聞くようにします。それだけで、面白い話が出てくることがあります。

 

2:五感で感じ取れるものを聞く

 音、匂い、温度、味など、五感を聞くようにします。これがエピソードに臨場感をもたらすことにつながります。

例えば、

①公園のベンチに座った

②小鳥がさえずる春先の3月、暖かい風が優しく吹き抜ける公園のベンチに座った

 臨場感のあるエピソードを聞くには、「そのとき、どんな気候だった」「どんな匂いがした」「どんな音がした」などと尋ねます。五感を意識して聞くと、このようなスパイスを加えた表現ができるようになります。

 

3:その人しか語れない言葉を聞く

 これは聞き手にとって、一番の醍醐味だと思います。体験した人しか話せないことってあると思います。予想だにしないこと、その人を一言で表すような言葉が聞けた瞬間は、「今日はいい話を聞けたなぁ」と嬉しくなります。鳥肌が立つことすらあります。

 例えば、初めて卓球の国際大会に出場し、世界ランカーと戦った日本人選手がいました。試合後、対戦相手はどうだったかと聞くと、「相手は手ごわかった」と返ってきました。そこで、さらに「そう思った瞬間は試合の中でいつでしたか」と聞くと、「相手の球を受けたラケットが重かった。人生で初めての経験でした」と語ってくれました。

 そんな一言が飛び出して来たときは、もう心の中でガッツポーズですね。そういった言葉を聞き出す意識、そして敏感に反応できるようにアンテナを張り巡らせておくことが必要です。

 

◆「えっ、そんなことまで聞くの?」という顔をされたら勝ち◆

 今回は、人からエピソードを詳しく聞き取るコツについて考えてみました。このようなエピソードを聞き取る手法を実行していると、相手からすると、「えっ、何でそんなことまで聞くの?」と思われがちです。しかし、目的が明確にあれば、臆する必要はありません。とりわけ、記者という仕事であれば、大体は一期一会の一発勝負でいかに良い話を持って帰れるかが勝負です。記事の品質はそれにかかっています。

 普段から意識することはないとは思いますが、誰かの話を積極的に聞かなきゃいけないとき、こういった点を意識すると、よりリアルなものが描写できるようになるかと思います。何かの役に立てられたらと、記者のテクニックを忘れないうちに言語化しておきました。

 

それでは、お元気で。