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ジャーナリズム×人材育成

「良い記事が書ける能力とは」。記者の人材開発について研究しています。

対話によって真実は導き出される!?

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◆見たまま、聞いたままは真実か◆

「編集は情報を都合良く改変するので悪だ、聞いたままを伝えることが尊し」というようなニュアンスの言葉を耳にすることがあります。編集が介入することは、純粋な情報が伝わらないのではという、情報の受け手による懸念の表れのように思います。

 

確かに、昨今、さまざまな局面で捏造や誤報の問題が取り沙汰され、情報の伝え手の資質が問われています。恣意的にメッセージをねじ曲げることは決して許されるものではありません。また、会見などで話された内容の全文を公開する振興メディアも勃興し、ピュアな情報が求められている時代の風潮があるようです。

 

ただ、ここで気をつけたいのは、「他者が介入していない情報こそが真実である」と過度に思い込むことです。記者や編集者が介入することで、真実だった情報が崩されていると過敏に反応し、「記者や編集者はいらねーよ」とする主張には、少し違和感を覚えます。

 

果たして、見たまま、聞いたままの情報は、真実なのでしょうか。

 

◆「助け舟」を出しながら対話して情報を得る◆

例えば、高校野球を引退した後、大学に現役合格した生徒にインタビューをしたとします。

 

「ずっと野球ばかりしてきました」(生徒)

 

「引退してからは、すごく勉強も頑張ってたんじゃない?」(記者)

 

「はい、めちゃくちゃ頑張りました」(生徒)

 

「なぜ頑張れたの?」(記者)

 

「うーん……」(生徒)

 

「野球の力が生かせた?」(記者)

 

「はい、それはありますね!」(生徒)

 

「どんなところがどう生かせた?」(記者)

 

「なんというか、戦っている感じが似ているというか……」(生徒)

 

「競争のなかで頑張って、結果が出たときの面白さとか似ているのかなぁ」(記者)

 

「そうです!それです。勉強にも同じ勝つ喜びがあるから頑張れたんです」(生徒)

 

稚拙な例だったかもしれませんが、このようにじっくりと対話を続けながら、時には言葉の「助け舟」を出し、相手の心の深奥に迫っていくことで、徐々に分かっていくこともあります。

 

 

◆何度も繰り返し問いかけて情報を得る◆

また、昔、こんなことがありました。

 

私は連載初回となる元旦の記事を担当することとなりました。そこで、子どもたちに森の大切さを伝える教室を開き、植林活動を続ける「森を守るおじいさん」を取り上げました。

 

会社から車で約3時間かけて、山奥のおじいさん自宅へ取材に出かけました。地域面一面を丸々使った特大の記事ということもあって、2~3時間、とことん話を聞き、さらには昔の写真も引っ張り出してきてもらって、あれこれと取材をしました。

 

しかし、おじいさんが、なぜそこまで山を守るのかということがわかりませんでした。

 

その疑問が解消されず、普通なら1日で取材を終わらせるところを、5日間通いました。

 

多少言い方を換えるなどしながら、何度も何度も同じ趣旨の質問を繰り返しました。すると、5日目におじいさんが、「昔、大雨で裏の山が土砂崩れになって、母屋がつぶれてよぉー。それから森が弱ってると思ったんやわ」とさらっとつぶやきました。

 

僕は心の中で「それやん!」と思いました。

 

おじいさんはあえて隠していたのではありません。初めから包み隠さず全てを打ち明けてくれていました。当然ですが、ほとんどの人は、普段から意識的に人生の振り返りをしているわけではないので、思っていることを言葉にしたり、自覚していなかったりすることが多いのです。

 

 

「真実は対話によって導き出される」

 

僕が記者の仕事を通じて学んだことです。表出されている見たまま、聞いたままの情報だけでは分からないことは多々あります。

 

記者の仕事は、人から話を聞くことに加えて、人から真意を引き出すことでもあります。とりわけ、相手が言いたくない話を聞く時は、ほとんどが引き出す作業になります。

 

アンテナを張り巡らせながら、対話を繰り返し、言葉と言葉、または、事実と事実をつなぐことも、記者の役割であると思うのです。

 

僕は「核心はここだ」と思ったとき、少し時間を置きながら何度も同じ質問をします。質問をされた方は、はじめは答えられなくても、別の事柄を話しているうちにその質問が頭で反芻され、よりよく言語化してもらえることがあるからです。

 

その人が語ること、目に見えること、そのまま受け止めることも大切ですが、時には心に芽生えた疑問が解消されるまで、あえてちょっと粘ってみる。もしかすると、その人にしか語れない奥深い言葉が出てくるかもしれません。

 

相手の言葉に心を寄せること、相手の言葉を疑うこと、この相反する行為を絶妙なバランスでこなしていくことが、真実に迫る一つのコツかもしれません。

 

今回は、ピュアな情報を求める時代の風潮から、記者、編集者が介入することの意義について考えてみました。伝え手には言うまでもなく、極めて高い倫理観が求められます。私利私欲を差し挟むことなく、取材対象者にも、情報の受け手にも、配慮せねばなりません。それを担保した上で、聞くことも書くことも続けていかなければならないと思います。自戒を込めて。

 

お元気で。