ジャーナリズム×人材育成

「良い記事が書ける能力とは」。記者の人材開発について研究しています。

本を企画するときに考える5つのこと

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◆本の企画の実践知◆

新聞社を退職してから、私は本を編集する仕事をしてきました。ジャンルは学習要素を含んだビジネス書です。

記事と本は、同じ文章を扱うという意味では親和性が高いのですが、情報量が全く違うので、それに伴って視点が異なります。

さらには、学習要素を含む本では、読者に学びを促す設計がなされていなければなりません。インストラクショナルデザインという分野では、ADDIEプロセスやARCSモデルなど、教育の設計方法について解説されています。

このような教育工学に基づいたフレームワーク援用した設計方法については多数の書籍が出ているので、そちらを読んでもらえればと思うのですが、ここでは、私が編集者の仕事をしていて、本を企画する際に考えていることをまとめたいと思います。

 

 

◆本を企画する5つのフロー◆

1:時流をつかむ

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今世の中の動きはどちらに向かっているのか、どういうコンテンツが求められているのか、予測します。そのための情報収集は欠かせません。ニュースを見たり、本屋に足を運んで平積みの本を眺めたりします。「あぁ、世の中の多くの人は、コミュニケーションに悩んでいるんだなぁ」、「自身のメンタルケアに関心がある人が多いのかなぁ」といった大きな流れを読み解きます。そして、半歩先のアイデアを練っていきます。重要なのは、「半歩」です。あまり先を行き過ぎるテーマだと大勢の読者はついてこないからです。自分の感覚がずれていないか、職場の同僚や友達と雑談をしながら確認することもあります。

昨今では、ビッグデータの活用が重要になってきていると思います。マーケティングリサーチによって分析された結果を参考にして、数字から読者の心理を読み取ることもあります。

「今、働き方改革が大きなうねりとなっているけど、その後はどんなものが求められるのだろうか」といった具合に、現在のブームから派生して、引き起こせそうなブームを考えるのも重要です。

 

 2:テーマを設定する

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イデアはできるだけたくさん挙げますが、テーマは広すぎず、狭すぎずを心がけます。本は内容にもよりますが、大体、1冊10万字前後と考えて、その分量に耐えうる情報量を持ったテーマかどうかを考える必要があります。 

もっと端的にいえば、私はテーマが浮かんだら、5章立てで内容がパッと考えられるかを頭の中で実践してみます。思い浮かんだら、採用。浮かばなかったら、別のテーマと組み合わせたり、切り口を変えたり、もう少し広いテーマでできないか再考したりします。そこで面白そうなテーマにならないときは、ボツにします。

 

 3:著者を選定する

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テーマに見合った著者を探します。これまでやりとりした実績のある著者がテーマに合うならよいのですが、そうでない場合は、新規開拓をします。新しい著者を選ぶ場合、肩書きやこれまでの出版実績がかなり重要視されますが、まず私は、テーマに関する本を何十冊と「パラ読み」して、すっと頭に入ってくる本を選抜していきます。

そして、選抜されたいくつかの本から、著者の執筆実績や経歴、そして「はじめに」と「あとがき」をしっかり読みます。忙しい著者であれば、本文はライターが書いていることもあるのですが、「はじめに」や「あとがき」は本人が書いていることが多いですし、人柄や思想性が伝わってくるので、かなり入念に読みます。

 

 4:章立て

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本を作る際の章立ては、著者がすべて考える場合もあるようですが、私は、仮の章立てをたたき台として作成し、著者と調整することが多いです。章立てで意識するのは、体系的かつ構造的な章立てにすることです。理想は、1、2、3、4、5章のタイトルがモレなくダブりがない体系になっていて、それぞれの章の節タイトルもモレなくダブりがない構造になっているようにすることです。

こうすると、読者の頭に本の内容がとどまりやすくなり、また読み返す際もどこにどんな内容が書いてあったのか探しやすくなるからです。一方で、それに固執しすぎて、質が下がってしまうのは本末転倒なので、なるべく「遊び」の部分、挑戦的な部分を入れるようにしています。例えば、本の最初のページに写真を挿入したり、類似する本と比べてもあまり見たことのない章を挿入したりします。読者に目新しさ、好奇心をそそるための工夫です。

 

 5:企画を一枚にまとめる

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どんなにいい企画を考えても、その企画が通らなければ意味はありません。端的にわかりやすくメッセージを伝えるために、アイデアを一枚にまとめます。一枚にまとめられないというのは、まだアイデアが散漫になっていたり、芯の部分が弱かったりするときが多いです。

意思決定者は、売れるかどうか、面白いかどうか、という視点で見ていることが多いので、わかりやすいタイトルをつけること、根拠はなるべく数字で示すことを心がけます。

 

 

◆文章は生き物◆

編集者は、本を手に取り、章立て、文章、著者など、さまざまな情報に目を通します。その本が、どれだけアイデアを練り込んでつくられたのかは、読んでみるとすぐにわかるでしょう。本は、その記された文章以上にメッセージを発するものだと思います。細部にその本の制作に携わった人々の思いを感じることも少なくありません。

だからこそ、本の制作の出発点となる企画が、盤石なものであるようにせねばならないと思うのです。何気なく読んでいる本も、どういう企画を元に作られているのか、思いを馳せてみるのも、また違った楽しみ方ができるかもしれませんね。

 

それではお元気で。

 

 【ジャーナリズム人材育成論】

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フェイクニュース現象に見る「ニュース本来の役割」とは!?

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■フェイクニュース現象 

最近、事実に基づかない内容がニュースとして発信される「フェイクニュース」の問題が話題になっています。米大統領選でのデマの発信によって発砲事件を引き起こした「ピザゲート」事件や、英国のEU離脱の際の誤った拠出金額を公約に掲げたことなどが、社会に大きな影響を及ぼしました。また、日本でも熊本地震の際に「動物園からライオンが逃げた」との虚偽の発信が問題になりました。これらの問題に関連して、まとめサイトの信憑性のない記事や無断転載への指摘も取り沙汰されました。

 

このような情報の流布には、単なる冷やかしのような人間もいるかと思いますが、生業として行っている発信者、そして媒体運営者は、マーケティングマインドに特化した価値観が根底にあるように思います。産業として捉えたとき、低コスト大量生産による「販売志向」の発想でニュースを作り、個人または法人の利益追求を行っているような気がします。嘘でも何でも、ウケるものを低コストで大量に発信して、集客したい。そんな意識が垣間見えます。

 

しかし、なぜ、このような行いが批判されるのか。そもそもニュースとは何なのでしょうか。

 

 

■ニュースの役割

ニュースには読み物としての娯楽的要素もあると思いますが、それ以外にも2つの大切な役割があります。

 

一つは、環境監視に応える役割です。

 

人間には本来、身の安全を守るために情報を得る意識が備わっています。脅威や珍しいものに関心を持ち、環境の変化に対応をしようとするわけです。弥生時代には、村に物見やぐらを立て、敵襲がないか、いち早く情報をキャッチできるよう、見張っていたという説があります。「瓦版」として紙の情報共有が発展した江戸時代には火災、仇討ちなどがよく取り上げられています。

 

今でも、事件、事故、災害は人々の大きな関心ごとですね。報道機関には、それをいち早く、正確に伝達する仕組みが出来上がっています。

 

もう一つは、権力監視に応える役割です。

 

社会契約説を前提にすると、政府は主権である国民が信託に基づいて成立しているとされます。政府が国民の生命・自由・財産を侵害する場合には、国民は抵抗する権利があります。国民の権利を脅かしていないか、常に監視しておく必要があります。われわれが信頼して税金を納めている政府が、われわれの幸せのために政策をしてくれているのかを、情報を開示させ、チェックしなければいけません。

 

しかし、国民全員が常に監視しておくのは、難しい。ですから、報道機関や弁護士、オンブズマンなどが職業として、チェック機能を果たそうとしています。

 

この2つの役割を総じて言えば、「公共の福祉・安全を守る」役割と言い換えることができるでしょう。

 

 

■ニュースの社会的責任が問われる

レガシーメディアといわれる新聞をはじめとした報道機関は、戦後、ニュース制作において、マーケティングの意識とは別に、こうした公益性の高い役割を担うべく、不断の努力を続けてきました。

 

時には、報道機関が、報道の自由を守るべく国家と、時には、労働組合が、編集の自由を守るべく経営者と戦ってきました。

 

しかし、今でも十分な環境を得られていません。むしろ記者もそういった役割意識が薄れつつあり、後退している感もあります。

 

このような状況の中で、技術の進展に伴ってインターネットを中心とする新興メディアが現れてきました。中には、「公共の福祉・安全」の意識があまり見受けられないメディアもあります。ここには、玉石混淆とした情報の選別を行う「門番」としての役割を担う編集者の力量、情報を受ける人々の意識など、さまざまな問題がはらんでいると思います。役割意識の乏しいメディアが勢いづいてくる状況には、危惧を抱きます。

 

近年、インターネット上のコンテンツを見ていると、思わずクリックしたくなるようなキャッチーな見出しや画像の編集は目を見張るものがあります。しかし、これからは、そういったテクニックだけではなく、そもそも「ニュースを作る」ということはどういうことなのかが改めて問われるようになってくるように思います。

 

多様なメディアに触れられる時代になったからこそ、改めて「情報とは何か」「ニュースの存在意義」「ニュース制作のあり方」をそもそも論で語り合うべきなのかもしれません。

 

次回は、情報の受け手の目線から、ニュースとどのように向き合うべきかを考えてみます。

 

それでは、お元気で。

東大生、トップアスリート……。あらゆる分野で「一流」と呼ばれる人の共通点とは!?

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気が付けばもう5月。急に暑くなってきました。つい先日、と言っても3月ですが、大学院修士課程を修了しました。激動の2年間でしたが、何とか走りきることができました。

 

振り返ってみれば、高校時代はサッカーの名門校でプロ入りするチームメートを間近で見て、新聞記者時代には政治家や官僚らを取材し、東京大学では研究のトップランナーたちを目の当たりにしてきました。そう考えると、大変運が良いというか、幸せなことだなと思います。

 

私は決して一流ではありませんし、むしろ5流ぐらい(笑)から這い上がってきたタイプの人間なのですが、出会ってきた人々の話を聞く中で、一流になるための秘訣は何なのかということを常々考えてきました。

 

◆一流の人の共通点

あくまで持論ですが、その分野で卓越した人の共通点、つまり一流になる秘訣は、「継続」なのではないかということです。

 

目標や目的に貪欲に向かいつつ、そのための活動を継続すること。あまり面白くない答えかもしれませんが、「魔法の粉」みたいなものは存在しないのです。

 

僕は在学中、東大生に「何で東大に入れたと思う?」という質問を繰り返し尋ねてきました。中には、「死ぬほど勉強しました」という人もいましたが、多くの人は「何で東大入れたかわからない。そんなに勉強したという意識がない」といいます。

 

こういう答えが返ってくると、「あぁ、やっぱり頭の出来が違うんだ」と思って質問をやめてしまいますが、僕は納得がいかなかったので、あえてさらに質問を重ねました。

 

すると、いろいろ出てきます。高校時代、始業時間より1時間早く来て毎日勉強していたとか、寮に入っていたから勉強時間が決まっていたとか、幼少期から哲学書をひたすら読んでいたとか、彼らの大学までの生活が見えてきました。

 

そう、彼らにとって勉強はルーティンなのです。毎日苦しい思いをしてやっていると感じているなら、相当意志が強くないとなかなか続かない。でも、彼らは努力を努力と思わないレベルでやっている。

 

確かに、イチロー選手が自宅で毎日素振りをしていたからといって、「家でコツコツと素振りをして努力をしています」とは言わない。本田選手が全体練習を終えてから個人練習をするのも特別なこととして語らない。

 

毎日歯を磨くのと同じように、当たり前のこととして体に覚えこませているように感じます。

 

でも、毎日続けるってしんどくない?相当強い意志がないと無理だよ、なんて思いがちです。

 

ここであきらめる人が多いように思います。しかし、ここで、一工夫です。

 

どうすれば持続可能になるか。

 

それはルーティンです。

 

一流の人は、このルーティン化する作業がうまい。

 

では、どのようにルーティンにするのか。そのポイントを挙げてみたいと思います。

 

 

◆ルーティン化するための4つのポイント

 

1.心理的障壁を下げる

「寝る前に、翌朝に着る服を決めて、朝はスムーズに家を出られるようにしているよ」。東大のゼミの先輩は、職場に行く2時間前に毎朝カフェに行って研究をするそうです。できるだけ心理的障壁を下げられる環境を作って、家からそのカフェに向かう。毎日同じ場所、同じ席にすわる。まずはそこが第一段階の目標。そうすると、毎朝その場所に行かないと気持ち悪くなってくる。その後、毎朝、目的達成のために締め切りを設けながら、課題をクリアする。このようにして段階的にルーティンにしていくそうです。

 

2.毎日必ず確保できる時間帯を選ぶ

また、ルーティンを行うには、なるべく邪魔をされない時間を選ぶことです。急な用事や依頼が舞い込むような時間帯には向かないです。そうなってくると、必然的に朝を選択する人が多いように思います。会社勤めの人であればお昼休みなど、毎日必ずやってくる時間に入れるのもありかもしれません。

 

3.ルーティン化する準備にはストイックになる

心理的障壁を下げること、時間を確保することにストイックになることです。例えば、早朝にルーティン作業をする時間を持っているとしたら、当然夜の準備が重要です。飲み会などで夜遅くまで、エンドレスな飲み方をしてしまうと、翌朝は動けなくなる可能性が高いです。時間を定めてさっと帰る、もしくはそういう日は元から特別なオフ日に設定しておくことが重要かと思います。グダグダしてしまうと、たちまちルーティンは消えていきます。毎日コツコツ繰り返す。そして、休む日は休む。その習慣化が大事なのでしょう。

 

4.ここ一番の勝負強さ「ピーキング」を意識する

自分の定めたタイミングに最大の力が発揮できるようコントロールすることをピーキングと言います。コツコツと継続を繰り返しつつも、その行為がどこにつながっているのかを見失っていてはいつかモチベーションが下がってしまう。「いつか舞台に立つ日はやってくる」。地道な毎日ですが、常に目標到達地点を念頭に置きつつ行動することが重要です。

 

◆「短期間追い込み型」では越えられない壁

私は、コツコツが苦手な人間でした。というか、今もそうです。どちらかというと、短期間で寝食を忘れて一気に追い込む方が得意な私にとっては、継続的な取り組みは難しい。

 

でも、東大に行って、それだけでは越えられない壁があることに気付きました。一つの道を極めるというのは、地道な作業です。

 

そう、スプリントではなく、マラソン。うさぎとかめの話ではないですが、積み重ねていかないと一流にはなれないのです。

 

人は苦しいことを永続的に続けていくことは難しい。ですから、苦しくない程度に毎日コツコツやる。それが結果として、大きな成果となる。

 

スプリントを得意としつつも、マラソンもできたら、きっと見たことのない景色が広がる。そう信じて、持続可能な研究活動を模索し続けたいと思います。

 

それではお元気で。

あの日の記憶。記者として震災に向き合った忘れられない1日

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東日本大震災から6年が経ちます。

 

2011年3月11日の発生当時、私は近畿地方のある新聞社の支局で、沿岸部に押し寄せる津波の警戒をしていました。電車などの交通機関がどれくらい乱れているのか、片っ端から電話をかけて取材をしていました。

 

そんなとき、「明日から現地に行ってくれるか」と支局長に右肩をポンと叩かれ、翌日から現地入りすることになりました。それまで一度も訪れたことのなかった東北の地。まさか自分が、大阪から向かう取材班の第1陣に選ばれるとは思ってもみませんでした。

 

現地の様子についての情報がほとんどなく、会社から現金を渡され、ワゴン車に通信機材、食料を大量に積み込み、数人の記者が車内でぎゅうぎゅう詰めになって、出発しました。

 

しばらくすると、車内のラジオから「福島原発メルトダウン……」と聞こえてきました。何か想像だにしないことが起こっている。「あぁ、俺は生きて帰れるだろうか」と、緊張が走りました。他の記者も同じような心境だったのか、ワゴン車の中は終始、静まり返っていました。

 

3月12日から約10日間、現地に滞在して、取材をしました。

 

取材を終えて戻ってきてから、いくつかの団体で講演をし、ラジオでも取材の話をしました。今も毎年、現地を訪れて被災した方々に取材をして記事を書かせてもらっています。

 

使命感などという大それたことはいえませんが、大災害による悲しみの果てを目にしてきた人間として、二度と同じことを繰り返してはならないと、私はどんな肩書きであっても、文章にして伝え続けるべきだと思っています。

 

震災当時の取材で忘れられない1日があります。その日の日記をここに記すことにします。

 

◆◆◆

地震発生から1週間が経過し、他の記者と入れ替わる形で、被災地での取材を終えることとなり、現地での取材が最終日となった8日目。 

 

「辻、どこか行きたいところあるか」と先輩記者に尋ねられた。「遺体安置所に行かせてください」と答えた。あらゆる分野を取材する記者のなかで、最も辛いのは遺族取材。でも、ここで悲しみの果てを目の当たりにしないで帰るのは、やじ馬の延長で仕事をしているような気がしてならなかった。それだけは嫌だった。普段うだうだ仕事をしている自分だけれども、緊張しながらも志願した。 

 

避難所や現場に向かうチーム取材から離れ、タクシーを拾って、津波により壊滅的な被害を受けた沿岸部の遺体安置所を訪れた。安置所の駐車場は車でいっぱいで、県警と自衛隊の車両も並んでいた。花束を持っている人や、入り口付近で携帯電話を持って誰かに電話している人がたくさんいた。自衛隊が、ひつぎを次々と中へ運んでいた。 

 

建物の中に入ると、様々な大きさのひつぎが100以上並んでいた。多くの人が入り口付近にある掲示板に張り出された紙を食い入るように見つめていた。紙には「頭の後ろにほくろ」「60代男性」など、遺体の特徴が書かれていた。なかには名前が判明している遺体もあった。

 

入り口付近に立っていると、安置所を管理する職員数人がひつぎを抱え、後ろから亡くなった人の家族と見られる人たちが、泥だらけになった服や指輪など、遺留品の入ったビニール袋を持って、出て行った。胸が詰まった。

 

「家族が帰らぬ姿の身内を見つけたばかり。そんな時に見知らぬ自分が声をかけて、ずけずけと話を聞く権利があるのか」。そんな気持ちになった。自ら遺体安置所での取材を志願したものの、入り口で右往左往した。人に声をかけるのに、小一時間かかった。 

 

入り口近くでたばこをくゆらせている男性がいた。「すいません、お話聞かせていただいてよろしいですか」と聞くと、男性は「ええ」と軽く2度頷いた。淡々と言葉が返ってきたが、男性の目の奥は泣いていた。「どなたかお探しですか」と尋ねた。すると男性は、「おふくろと、妻は遺体で見つかった。息子が見つからない」と話した。男性は市街地にある会社で仕事をしていて、家族と連絡がつかなくなった。家族は車で逃げ出している途中に流されたようだと教えてくれた。息子が行方不明で、新しいひつぎが運ばれてくるのを待ち続けていた。 

 

別の男性は入り口のいすに腰をかけていた。男性は実家で一人暮らしをしていた母が行方不明で、安置所で100体以上の遺体をのぞき込んだ。中には「顔をお見せできません」とメモ書きが貼ってある。母が産んでくれた時にできた帝王切開の傷跡を頼りに、ひつぎの中の体をのぞき込んだ。男性だとわかるとふっと息を抜いた。数日前に実家を訪れたという。デジカメで撮った実家の写真を見せてくれた。写真には、泥とがれきしか写っていなかった。「津波が父の形見のカメラも思い出のアルバムも何もかも家ごとさらっていった。母までいなくなったら……」と目を潤ませた。

 

入り口からひつぎの並んでいる奥の方へ進んだ。入り口付近よりもひんやりとしていた。ひつぎは顔の部分の小窓が開いていた。顔はきれいに化粧されていたが、深い傷が残っている顔も見た。大きいひつぎもあれば、小さいひつぎもあった。なかには顔の小窓が開いていないのもあった。亡くなった身内に語りかける家族、ひつぎを抱きかかえて泣き叫ぶ人、花束を添える人が所々にいた。さきほど母を捜すと言っていた男性の姿もあった。「家族一緒に並べてもらったんだよ」。どこからともなく、そんな言葉も耳に入ってきた。静かにゆっくりと歩いた。この場所は、森厳で、崇高で、神聖な場所にすら思えた。これ以上立ち入ってはいけないと思えて、すぐに引き返した。 

 

取材を続けていると、突然女性が詰め寄ってきた。「私たちは家族がどこにいるのかわからないのよ。車のガソリンももうない。何度も安置所を回って、無駄足を運んでいる。できるだけ可能性のある所へ行って、引き上げられた遺体は早く家族のもとに戻してほしい。安置所、遺体の情報をもっと伝えて」と訴えてきた。女性は周りを気にせず、大きな声で私に言った。訴えは切実だった。 

 

夕方、自衛隊によるこの日の遺体の収容が終わり、安置所が閉まりかけていた時、服が入ったビニール袋を持って出ていく白いひげの男性に声をかけた。

 

「息子の嫁が、本日見つかりました。間違いありません」。男性はそう言って、唇をかんだ。「地震が発生した時、何をされていたのですか」と尋ねると、男性は紐を解いたように、話が流れ始めた。 

 

「今、病院にいます。妻はダメだった……」。地震のあった翌日の朝、息子から男性の携帯にメールが届いた。男性は、急いで病院へ向かうと、息子はベッドにいた。夫婦で津波にのまれたことを打ち明けられたという。

 

息子夫婦はコンビニを経営していた。独立したばかりで最近ようやく利益が出始め、業務用の車を買い替えたばかり。地震発生当時も、2人はコンビニ店内で働いていたという。

 

息子夫婦は津波がくる直前まで、レジにいた客の対応をしていた。すると、急に店の前まで波が襲ってきた。2人は店の前に止めていた車の上によじ登ろうとした時、濁流にのまれた。息子は濁流のなか、必死に妻を抱きかかえた。それでも、波の勢いは強く、ついに体が離れてしまった。

 

それから息子は数時間濁流の中にいた。真っ暗のなか、そのまま流され、数キロ先の高速道路のフェンスにたどり着いた時、必死にしがみつき、よじ登った。高速道路には波がきておらず、道路脇にあった非常電話で病院へ連絡して助かった。

 

しかし、妻はそのまま行方不明となっていた。

 

男性は、行方不明となった息子の妻を毎日、コンビニの近くの安置所や警察署を探し回った。そして、やっと今見つかった。

 

ひつぎの横には、泥だらけになったコンビニの制服と名札があった。男性は「眠りから覚めてくるような、きれいな顔をしていた。幼い子どももいる。これからという時に、無念だったろうに……」と、涙を1粒、2粒とこぼし始めた。私は全身が身震いし、胸の奥が熱くなった。ひたすらにペンを走らせることしかできなかった。 

 

ありのままを語ってくれた男性に深々と頭を下げて、遺体安置所を出た。タクシーへ乗り込み、大きく息を吐いた。ずっと窓の外を眺めていたが、視点が定まらなかった。 

 

記者としてどのような姿勢で臨み、被災者、遺族、読者に何を伝えていくべきなのか。身内を失った深い悲しみのなかで、軽々しく見知らぬ自分が話かけ、あえてその悲しみを口に出すよう水を向けることは、人の尊厳を踏みにじることにならないのだろうか。逆に、遺族は記者だからこそ話をしてくれたのかもしれない。そうだとしたら、気持ちをはばかりすぎて、記事の掲載に至らない程度に、中途半端に聞くことの方がもっと失礼なのではないか。答えは見つからなかった。 

 

一眼レフのカメラに目をやった。ついに一度も遺体安置所の外や人々の姿にカメラを向けることができなかった。「記者として失格やな」。そう心の中でつぶやいた。錯綜する価値観の中で、心がずっと揺れ続けていた。

◆◆◆

 

当時、話をしてくださった人々は、ごく普通の幸せな生活を送っていた人々です。災害が起こると、普段当たり前にあると思っていたものが、一瞬にして消えてしまう危険性をはらんでいます。

 

スーパーでモノを買い、食事をして、温かいお風呂に入り、ふかふかの布団で寝る。実はそれは、当たり前ではないのかもしれません。

 

「当たり前」の幸せを守る最大限の準備をしていますか。

 

6年経った今、改めて問いかけたいと思います。

 

そして、今もあの震災で被災した人々が懸命に前を向いて過ごされていることを忘れてはいけないと思います。

 

文章のフォークボールの投げ方!?池上彰・竹内政明著「書く力」を読みました!

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池上彰さん、竹内政明さんの対談形式で進む新書「書く力 私たちはこうして文章を磨いた」を読みました。

テレビでお馴染みの元NHK記者の池上さん、読売新聞の一面の下にある「編集手帳」を担当されている論説委員の竹内さんによる本が、朝日新聞出版から出されているというのが、大変興味深いです。

池上さんは日本で最も分かりやすく伝えるジャーナリストだと思いますし、竹内さんは、思わずうなりたくなるようなコラムを書かれる名文家として有名です。

このお二人が何をどう考え、文章をと向き合っておられるのか、その内情を知りたくて本書を手に取りました。  

 

書く力 私たちはこうして文章を磨いた (朝日新書)

書く力 私たちはこうして文章を磨いた (朝日新書)

 

 

■文章の「フォークボール」投球法
この本には、たとえて言うと、文章の「フォークボールの投げ方」が書いてありました。思わず「うまいなぁ」とつぶやいてしまう文章や、読み手の心をぐっと引きつけるような文章はどのようにして書かれているのかが、あますことなく語られています。
 
まっすぐ書かれているように見えて、ひゅっと落ちる。読んでいる人が思わずうなってしまう。そんな文章術です。
 
具体的には、文章のひねり方、引き出しの増やし方、保険のかけ方、リズムの作り方など、技巧を凝らした文章作成術が散りばめられています。
 
例えば、新入社員募集のため書かれた会社案内の一文。竹内さんの手にかかればこのようになります。

 

長野支局に赴任した。1年目の思い出が三つある。
 
善光寺が焼けた。日は暮れて、締め切りまで時間がない。現場、警察、消防と、手分けして取材に散った。僕は写真を一手に任された。撮り終えて職場に戻り、現像して呆然となった。炎上の写真がすべて真っ黒で、1枚も写っていない。「おい、あと5分で締め切りだぞ」。誰かがドアを叩いた。出たくない。このまま暗室のなかで一生暮らしたい。そう願ったのを覚えている。“燃える善光寺”の写真が載らなかったのは読売だけである。三振1。
(略)
会社を辞めもせず、辞めさせられもせず、30年後の今、こうして『入社案内』の筆を執っている。人は思うだろう。満身創痍になってでも続けたいほど、新聞づくりは面白い仕事なのか、と。あるいは、読売新聞って懐の深い会社なのね、と。どちらの感想も、そう的を外れていない。僕よりもデキる君よ。いつか、僕には縁のなかった手柄話を聴かせてくれ。4三振も5三振もして、僕の記録を塗り替える君よ。いつか、ゆっくり酒でも飲もう。

 

池上彰, 竹内政明, 2017. 書く力 私たちはこうして文章を磨いた. 朝日新聞出版. P.84-85)

 

本書でも池上さんが解説していますが、「いい会社です」と真正面から書いてしまいがちな会社案内を、失敗談から入り、控えめに書くことで、懐の深い、いい会社なんだなと認めざるを得ない書き方をしています。
 
竹内さんは、「火種をそっと差し出せば、読者がガソリンを撒いてくれる」と語っています。感情を前面に押し出してしまうと、読者が引いてしまうので、感情を8割程度に抑える。いい会社だとしぶしぶ認めているというような書き方をしているそうです。しかもその文章は、できるだけ短文かつ、それでも意味がわかるような工夫がされていて、テンポよく読めるようになっています。
 
いかに読者の感情を想像し、表現していくか。その大切さが伝わってきました。
 

■本書の内容を自分の仕事と結び付けて考える

本書で解説されているものは、基本的には、「読み物」としての文章の書き方です。おそらく素直に読めば、本書を読んで最もためになるのは、記者だと思います。
 
記者以外の多くのビジネスパーソンが、本書から学び取るには、一工夫必要のように思います。なぜなら、文章の型が全く異なるからです。ビジネス文書は、「結論—内容—具体例—付随的内容—結論」といった順序で書かれることがほとんどです。多くの場合、うなるような文章は必要ありません。
 
そこで、お二人が語っている文章スキルを抽象化するといいますか、概念化して、読み進める必要があると思います。
 
例えば、竹内さんが、いつも気をつけられていることがあります。

 

編集手帳は、どうしても寝ぼけ眼で読まれるので、目で文章を追ったときに、そのままの速度で頭に沁みこんでいくような書き方をしないと、読者は途中で読むのをやめてしまう。つまり、二度読まなくても意味が頭に張ってくるような文章の書き方をしなければいけないんです。

 

池上彰, 竹内政明, 2017. 書く力 私たちはこうして文章を磨いた. 朝日新聞出版. P.106)

 

読売新聞一面の下部にある編集手帳は、朝、頭がまだあまり働いていない状態の読者に読まれます。目で追うよりも、頭で理解する方が遅れやすいため、できるだけ短文でわかりやすく、リズミカルに書くことを意識しているそうです。

これは、ビジネスパーソンにとって企画書などで応用可能な示唆かと思います。忙しい上司を説得するには、内容を一発で理解してもらう文章を書く必要があります。

竹内さんが、そういった文章を心がけるなかで、参考にしているのは落語や講談で、伝統的に語り継がれている噺からリズムや言い回しを学ぶそうです。

文章でも口述でも、コミュニケーションには何か共通するものがあるのでしょうか。あらゆる場面で「落語を参考にしている」という言葉を聞きます。

いずれにしても、実践から語られるお二人の生きた文章術は、文章執筆の真髄のようなものが垣間見える良書だと感じました。さらに、自らの仕事に結びつけながら読むと、いっそう学びの多い読書になるかと思います。

それにしても、本書のタイトル「書く力」。なんてシンプル。「言葉の真髄」とか「文章の妙技」とか、もう少しビジネス寄りにするなら「心を動かす文章力」とか「深みのある文章術」など、いくらでも考えられたはずなのに。お二人の名前だけで、手に取られるだろうから、あまり派手なタイトルはあえて避けられたのかもしれませんね。


久しぶりに、うなってしまったオススメの一冊です。


それでは、お元気で。

間違った情報で文章を書かないために気をつけるべき5つのこと

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技術の進展とともに、年々、情報発信が身近なものとなっています。ネット空間を中心に玉石混交の情報が渦巻いているなかで、最近、DeNAの運営していたサイトなどで、誤りのある記事による情報発信が問題となりました。デジタル情報が溢れかえっていますが、その言説空間の中で、質の悪い情報を指摘するといった自浄作用が働き始めています。大変興味深い現象ですね。

 

そもそも、正しい記事というのは、どのようなものなのでしょうか。究極、突き詰めると、誰かの手によって書かれた記事は、その人によって情報が引き出され、その人の目線によって書かれたという観点からいえば、偏りがないわけではないし、何を持って正しいといえるのかも厳密にはわかりにくいものです。

 

しかし、少なくとも明らかに間違ったことを書かないようにすることは可能だと思います。 今回は、間違った情報で文章を書かないために、信頼性のある情報を集めるためには、どのようにしたらよいのかを整理したいと思います。

 

 

■信頼性が高い情報を集めるための方法

ここでは、信頼性が高い情報を集めるために気をつけるべき点を5つ述べたいと思います。

 

1.情報はまず疑ってかかる

情報と向き合う心構えとして、すべての情報に疑ってかかることが大切です。収集する情報がすべて正しいという前提でいると、当然ですが、間違いやすくなります。体裁が綺麗に整っていると、正しい情報だと思いがちです。しかし、まずは「本当にそうなのか」と、いじわるに考えることが必要だと思います。例えば、その情報は何に基づいて発信されているのか、どういう立場の人が何を意図して発信している情報なのか、を吟味することが求められます。

 

このとき、自らの常識的な感覚も大切です。極端な例ですが、「2日で50ヶ国を旅した」という情報があったとすれば、あり得ないと思うのが普通です。そうした感覚を常に持っておくことが必要かと思います。

 

2.自分の目で確かめる

もし可能なら、自分で実際に見に行ったり、やってみたりすることです。百聞は一見にしかずで、はじめから二次情報に頼らず、自分の足を使って現場を確かめれば、間違うことは極端に減ります。

 

ジャーナリズムの世界で、現場に行くことが重視されるのは、速報することや写真や映像を押さえること以外に正確な情報を知る目的もあります。ちなみに現場を見てきたままに書く記事は、「雑感」や「ルポ」といいます。

 

3.当事者や目撃者から情報を得る

自分の目で確かめることができない場合、まずは当事者や目撃者の話を聞くことに努めるべきです。会社の話であれば広報や役職者、人についての話であればその本人にアクセスすることが重要です。事件やイベントなどについて書く場合は、実際にそれを見た人に話を聞くことも大切です。

 

ジャーナリズムの世界では、ほとんどの記事で当事者への確認は行われています。さらに、発表されていないテーマで大きな影響があるような事案であればあるほど、できるだけ複数人から情報を取ることが求められます。例えば、組織の不祥事のような話の場合「何本の筋から同じ情報がとれたか」が問われます。

 

4.確度の高い情報を活用する

自分の目で確かめる現場もない、当事者へも確認できない場合、確からしいと思われる情報を使います。例えば以下のようなものが挙げられます。

 

①政府・自治体の情報
②公的文書(有価証券報告書、登記など)
③プレスリリース
④信頼性のある出版社から出た著作
⑤査読された論文
⑥新聞

 

ただし、これらの情報はすべてどこまで信頼できるのか吟味する必要があり、特に④〜⑥は、慎重に活用すべきです。このような制約下で、信頼性を担保したうえで、質の高い文章を書こうと思えば、確からしいと思われる情報源を豊富に持っていることが重要です。例えば、新聞記者は登記情報をよく活用します。土地や建物、法人の役員などから、どういう組織や人物がかかわっているのか一目瞭然だからです。しかし、まず登記という情報源を知らなければ、そういった情報は得られません。正確な情報のありかを知ることが、文章に幅を持たせることにつながります。

 

ちなみに、新聞は時々間違っていることもありますが、当事者から得た情報で書かれていることが大半ですので活用されることが少なくありません。さらに新聞社には誤報に対して厳しい風土があり、訂正を出した場合は顛末書を書かされるほど正確性に気を使っています。

 

5.引用を明示する

引用は、読者に情報の信頼性の判断を一定委ねる手法であるといえます。「◯◯によると〜」、「といわれている(◯◯参照)」などという表記をして、読み手がその情報を確認できるようにしておきます。これは文章の内容について攻撃されることがあった場合、自らの身を守ることにもつながります。

 

しかし、引用元をコピペしてはいけません。著作権法に反するので、あくまでも引用した情報を自分なりに解釈して、自らの文章を主軸として活用することが必要です。また、引用する情報の妥当性について十分吟味した上で使用せねばなりません。

 

 

■心配性であることが文章には大事!?

このように見ていくと、正確な情報で文章を書くには一定のコストがかかることがわかります。“落ちている情報”を拾い集めるだけでは、成り立たない部分も多いです。書き手が積極的に信頼性の高い情報を引き出していかなければなりません。

 

パーソナリティの特性論で、ビッグファイブと呼ばれるものがあります。リーダーや起業家らが、5つの因子(神経症傾向・外向性・開放性・誠実性・協調性)にどのような傾向があるのかという研究は少なからず行われています。

 

単なる主観的な感覚ですが、正確な情報に基づいて文章が書ける人は、神経症傾向が高いのではないかなと思っています。つまり、心配性な人ほど、きちっと文章を書いているのではないかなと。

 

慎重になりすぎるのは、よくありませんが、情報を発信するときに、読者の顔を思い浮かべながら、常に「大丈夫かな」と考えることは重要だと思います。記事の作成は思いやりを届ける作業。僕はそう思います。

 

それではお元気で。

新聞社の記者育成は、OJTという名の放置なのか!?

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だいぶご無沙汰のブログになってしまいました。修士論文の佳境を迎えています(ブログ書いてていいのか...)。

 

現在は調査報道のプロセスに関する研究をしていますが、その研究の一環で、記者にインタビューをする度に、「新人時代、育成なんてものはなかった」「放置プレーだよ、放置プレー」という声を聞きます。私自身の経験でも、新人時代、いきなり現場に行って体で覚える的な感じで、体系だった指導はなかったように思います。

 

しかし、「じゃあ、なんで新人の記者が、一人前の記者になるのか」、「なぜ、成長するのか」。最近、マスメディアの世界を離れて、周囲からそれを問われる度に、考えてきました。

 

最近思うのは、新聞社に育成はないのではなく、新聞社は育成に無自覚なのではないかってことです。

 

入社すると、「現場でつかえねーな」と思うような研修を一定受けて、地方に配属されて、いきなり警察署に放り込まれて、デスクにボロクソ怒られながら毎日の取材に奔走して、気づいたら数年経って、なんとなく記事が書けるようになっている。

 

そう説明する記者は多いです。

 

しかし、なぜ「なんとなく記事書けるようになっている」のでしょうか。

 

 

■記者の3つの学習ポイント

私は、この「はちゃめちゃ崖から突き落とし的記者養成過程」の中に、主に次の3つの学習ポイントがあるように考えています。

 

①圧倒的頻度のフィードバック

新人記者にとっての上司は、一義的には「デスク」と言われる20年くらい年上の編集者ですが、記者とデスクはほぼ毎日朝から晩までやりとりしています。記者は、現場で取材して原稿をデスクに出して、「お前、まともに取材して書いたんかぁ!」などと電話越しに怒られながら、原稿を手直しされます(怒鳴られるときは電話を耳から離します)。場合によっては、デスクから書き直し(「替えで送ってこい!」)や、補足取材(「追加で送ってこい!」)を命じられます。

 

ここで重要なのは、デスクは基本怒っているのですが、それはあくまで「原稿で対話する」ことが前提になっているということです。特に連載など長い記事は、文章力が問われます。デスクに多くの注文を受けて、やりとりを続けていると、見違えるように素晴らしい文章になることがあります。「やっぱ、デスクすごいな」と思ったことは1度や2度ではありません。例えば、この記事(http://www.yomiuri.co.jp/local/osaka/feature/CO004219/20130105-OYT8T00111.html )の最後の一文の「すぅーと」のくだりはデスクからの提案でしたが、こうした余韻を残す些細な文章表現方法一つとっても、大変勉強になりました。

 

原稿の質に対するフィードバックが、新人なら多い日では1日原稿3~5本、少なくとも最低1本は、デスクとやりとりしているのではないでしょうか。それを1年365日やっているのですから、そら数年もすれば嫌でも書けるようになりますね。こんなに毎日、上司からフィードバックを受けられる仕事はほかにないと思われます。 教育学や経営学にはフィードバック研究というものがあります。調べていたら、中原研究室の先輩である立教大学の舘野先生のブログが見つかりました (http://www.tate-lab.net/mt/2015/11/1491.html)。私はこの勉強会に参加できませんでしたが(泣)、いかに効果的なフィードバックをするかを研究することは大変意義深いです。百戦錬磨のデスクに文章を見てもらい、良質なフィードバックを受ける機会は極めて重要なのではと思います。

 

②垂直水平的支援体制  

先輩、後輩のつながりは密接です。新人記者には、大体「キャップ」と言われる現場を統括してくれる数年年次の上の先輩記者がいます。嫌でも何でも「やれ」と言われた細かい指示を徹底してやる。「毎日持ち場によってから帰れ」、「駐車場も注意して見ておけ」。徐々に、先輩の指示の意味がわかるようになってきます。毎日、通うと些細な変化に気付くようになります。先輩の指示は昼夜を問いません。僕がキャップの時は、後輩記者と午前3、4時に電話することも少なからずありました。それだけ密な連絡のやりとりをしていると、記者としての立ち振る舞いがわかるようになってくるのです。

 

新人記者は地方に一人で配属されることが多いため、同じ会社の同期はいません。しかし、同じ境遇の新聞社やテレビ局の同業他社の同期はいます。普段から取材などで顔を合わすことが多いので、次第に仲良くなって、飲みに行くようになります。独自で進めている取材などの話はしませんが、悩みや職場の愚痴をこぼし、お互い精神的に支え合える環境があります。公私混同も甚だしい環境なので、時間を気にせず、夜中から焼き肉、朝までBARで語り合うことが少なくありません。辛くても吐き出せる仲間が近くにいるのです。

 

もう一つ特筆すべきは、よくメディア批判で聞く悪名高き「記者クラブ」の存在です。記者クラブは、学びの宝庫です。同業他社の先輩記者の振る舞い、取材手法を目にする機会が多いからです。さらに、他社の手の内を探り合いつつ、スクープを出すための駆け引きがあります。記者発表の情報は一括で記者クラブに入ってきますが、それぞれ記者が独自で動いている取材は絶対に明かしません。むしろ、スクープを出す日は、あえて暇なフリをして、気付かれないようにソファで寝たり、ざるそば食べたりします。 こうした垂直にも水平にも密接な関係性があるなかで、業務支援、精神支援を受けやすい環境があります。 

 

③学習資料のアクセスしやすさ

新人記者にとって最も有効な学習教材は、やはり新聞記事です。過去の記事を見て、うまい書き方を知ったり、今との違いを比較したりすることができます。会社や記者クラブには新聞のスクラップが全て揃っていますし、資料室に行けば、先輩記者たちの取材メモが残っていることもあります。

 

また、近年ではデータベースが充実しており、パソコンで簡単に他社の記事を含めて見る事ができます。 記者になると当たり前のことと思いがちですが、実はこういう資料を簡単にアクセスできる環境は極めて重要のように思います。アウトプットをイメージして、新聞の型を覚える事ができます。ある有名な記者にインタビューしたときは「新人の頃はよく資料室に行って、文章がうまいと言われている先輩記者の過去の記事を読みあさっていた」と言っていました。こうした充実した資料とアクセスのしやすさは学習を促す一要素になっているといえます。

 

 

■今の環境が良いわけではない

このように、新人記者にとって学びの要素は少なからずあります。これらの環境から、自発的に取材や原稿執筆スキルを獲得しているように思います。 しかし、だからといって現状維持がよいわけではないと、私は考えます。

 

このような環境は、記者の育成のために、意識的につくられているものなのでしょうか。 もし無自覚であるとするならば、こうした環境が失われていく恐れがあります。育成にムラが生じることも考えられます。

 

例えば、デスクとのやりとりに関して言えば、昔に比べるとネットを通じて原稿を出して、ネットを通じて原稿の直しが返ってくるようになりました。どこがデスクに直された部分かが瞬時にわかるようになっています。顔を突き合わせたり、言葉でやりとりしたりする機会が減っている可能性があります。

 

人員が減り続け、記者クラブで顔を合わす記者が少なくなっています。一人当たりの記者の仕事量が増え、記者クラブに滞在する先輩記者がいなくなると、観察学習の機会は減ります。

 

すべてが学習に影響を及ぼすわけではないと思いますが、効率化が求められている状況であればあるほど、学習ポイントを意識した育成をしなければ、記者は今以上に育たなくなるのではないかと危機感を覚えます。

 

そして、もう一つの問題点は、内省の機会がないことです。多忙を極める記者は、経験を振り返る時間を持つ事はあまりありません。居酒屋で先輩や同期とちょっと語り合う程度です。OJTであるならば、特に経験から学び取る必要がありますが、経験から次に向けてどうするのかを考える機会がないように思います。

 

今回は、新人記者の学習環境について考えてみました。これからの時代、ますます計画された、デザインされた学習環境を埋め込む必要があるのではないでしょうか。いい記者を育てることは、いい情報を流通させることにもつながる。私はこうした研究を続けていきたいと思っています。

 

それでは、お元気で。