◆エピソードを詳しく聞くのは案外難しい◆
皆さんは、「あの人ってどんな人?」と自分の友人について尋ねられたとき、どのように答えていますか?
先日、ある先輩から「辻さんは、誰かのことを話すとき、その人の『エピソード』を話すよね」と言われました。「あの人ってどんな人?」と聞かれると、自分が持っているその人の印象を話すことが一般的なのかもしれませんが、私は無意識にその人がこれまでどういう経験をして、どんなことを考えていたのかを話していたようです。先輩に言われるまで全く気付きませんでしたが、これまでの人の取材をして記事を書くという一連のスパイラルの中で染み付いてしまったのか、話す上でも客観性のある事実、つまりエピソードで語ることを自然と行っていたのかもしれません。
エピソードを聞き出すのは、案外難しいものです。新聞社の上司や先輩には、エピソードについては、くどいほどに「ディティールを聞け」と言われたことを思い出します。今でも忘れません。入社して初めてある警察署で万引きの事件の発表があったとき、取材がヘタクソで1発で詳しい情報が聞けなかったため、デスクに何度も聞き直せと言われ、14回連続で副署長に電話しました。もはや、いたずら電話です。根気よく対応してくださった副署長には頭が上がりません。
◆ディティールを聞くテクニック◆
それはさておき、人からエピソードを聞き出すとき、いくつか意識していた点があります。まず、大前提として、自分がその場にいるような感覚になるよう、目に浮かぶまでつぶさに聞くことが必要です。
その上で、細かいテクニックとして、主に3つの点が挙げられるように思います。
1:「嬉しかった」「楽しかった」「悲しかった」「怒った」を行動ベースで聞く
人間の喜怒哀楽は、できるだけ表情や行動で表してもらえるように心がけます。それを意識するだけで、話の深みがぐっと増します。
例えば、
①ずっとほしかった物を誕生日プレゼントとしてもらった。うれしかった。
②ずっとほしかった物を誕生日プレゼントとしてもらった。顔がほころび、急いで箱を開けた。
普通に人から話を聞いていると、「あの時、プレゼントをもらって嬉しかったな」としか返ってきません。そこですかさず、最大限、想像を膨らませて「そのとき、どんな風に箱を開けたの」などと一言聞くようにします。それだけで、面白い話が出てくることがあります。
2:五感で感じ取れるものを聞く
音、匂い、温度、味など、五感を聞くようにします。これがエピソードに臨場感をもたらすことにつながります。
例えば、
①公園のベンチに座った
②小鳥がさえずる春先の3月、暖かい風が優しく吹き抜ける公園のベンチに座った
臨場感のあるエピソードを聞くには、「そのとき、どんな気候だった」「どんな匂いがした」「どんな音がした」などと尋ねます。五感を意識して聞くと、このようなスパイスを加えた表現ができるようになります。
3:その人しか語れない言葉を聞く
これは聞き手にとって、一番の醍醐味だと思います。体験した人しか話せないことってあると思います。予想だにしないこと、その人を一言で表すような言葉が聞けた瞬間は、「今日はいい話を聞けたなぁ」と嬉しくなります。鳥肌が立つことすらあります。
例えば、初めて卓球の国際大会に出場し、世界ランカーと戦った日本人選手がいました。試合後、対戦相手はどうだったかと聞くと、「相手は手ごわかった」と返ってきました。そこで、さらに「そう思った瞬間は試合の中でいつでしたか」と聞くと、「相手の球を受けたラケットが重かった。人生で初めての経験でした」と語ってくれました。
そんな一言が飛び出して来たときは、もう心の中でガッツポーズですね。そういった言葉を聞き出す意識、そして敏感に反応できるようにアンテナを張り巡らせておくことが必要です。
◆「えっ、そんなことまで聞くの?」という顔をされたら勝ち◆
今回は、人からエピソードを詳しく聞き取るコツについて考えてみました。このようなエピソードを聞き取る手法を実行していると、相手からすると、「えっ、何でそんなことまで聞くの?」と思われがちです。しかし、目的が明確にあれば、臆する必要はありません。とりわけ、記者という仕事であれば、大体は一期一会の一発勝負でいかに良い話を持って帰れるかが勝負です。記事の品質はそれにかかっています。
普段から意識することはないとは思いますが、誰かの話を積極的に聞かなきゃいけないとき、こういった点を意識すると、よりリアルなものが描写できるようになるかと思います。何かの役に立てられたらと、記者のテクニックを忘れないうちに言語化しておきました。
それでは、お元気で。